フクロモモンガは空を飛ぶ動物として知られていますが、羽ばたいて上昇する飛行ではなく、飛膜を広げて高度を失いながら移動する「滑空」をしています。体の両側にある飛膜と呼ばれる薄い皮膚の膜を広げ、高いところから低いところへと空中を滑るように移動する動物です。野生下では木から木へと通常数十m、条件が良ければ50mを超える距離を滑空することもあり、その姿はまるでムササビのように優雅です。
この記事では、フクロモモンガが滑空するメカニズムから、飼育下での行動の特徴、そして室内で暮らすフクロモモンガのために整えたい環境づくりまでを解説します。
フクロモモンガが「飛ぶ」仕組みを解説

フクロモモンガの滑空を可能にしているのは、前足の手首から後足の足首にかけて広がる「飛膜(ひまく)」という薄い皮膚の膜です。この飛膜は普段、体の側面に折りたたまれるようにしてくっついており、木の枝を歩いているときにはほとんど目立ちません。しかし、フクロモモンガが四肢を大きく広げた瞬間、飛膜がパラシュートのように展開し、体全体が1枚の翼のような形になります。
滑空の原理は、紙飛行機が空中を滑るのと似ています。高い場所から飛び出し、重力で落下するエネルギーを飛膜で受け止めて前方への推進力に変換することで、水平方向に長い距離を移動できます。フクロモモンガの体重は概ね80〜160g程度(性別や個体差あり)と軽く、体の面積に対して体重が小さいため、空気抵抗を効率よく利用できます。体重が軽いことは滑空にとって大きなアドバンテージであり、同じ高さから飛び出しても、体の重い動物よりずっと遠くまで到達できます。
滑空中のフクロモモンガは、ただ風に身を任せているわけではありません。尾を舵のように使い、四肢の角度を微調整することで、進行方向や降下角度をコントロールしています。尾の長さは約15〜20cmで、頭胴長と同程度です。空中でバランスを取るための器官として機能しており、着地の直前には体を起こして飛膜にブレーキをかけ、木の幹にしがみつくようにして着地します。
この一連の動作は、成長とともに発達し、生後数か月の若い個体でも練習しながら上達していきます。フクロモモンガにとって滑空は、発達の過程で自然に身につく能力です。
野生のフクロモモンガが滑空する理由とは?

フクロモモンガが滑空するのは、樹上生活において効率よく移動するためです。オーストラリア北部からニューギニア(インドネシア領パプアを含む)などに分布する野生のフクロモモンガは、夜行性で、日が沈んでから食べ物を探しに活動を始めます。果実、花の蜜、樹液、昆虫など、食料は木々の間に点在しているため、木から木へとすばやく移動する手段として滑空が発達しました。
地上に降りて歩いて移動する場合、猛禽類やヘビなどの捕食者に狙われるリスクが高まります。空中を滑空して移動すれば、地上の捕食者を避けながら短時間で目的の木にたどり着くことができます。エネルギー効率の面でも、枝から枝へと跳び移るよりも、1回の滑空で長い距離を稼ぐほうが体力の消耗を抑えられます。野生下での滑空距離は通常数十m程度ですが、樹高や風などの条件が良い場合には50mを超える記録も報告されています。
また、フクロモモンガは小さな群れ(コロニー)で生活する社会性の高い動物です。群れの規模は生息環境によって変動しますが、仲間がいる巣へ戻るときや、縄張りを巡回するときにも滑空は欠かせない移動手段となっています。夜の森の中を音もなく、高い機動性で滑空する姿は、まさに「森の忍者」と呼ぶにふさわしい光景です。暗闘の中で正確に着地できるのは、大きな目で微弱な光を捉える視覚に加え、聴覚や空間記憶なども組み合わさった総合的な感覚のおかげです。
飼育下のフクロモモンガも飛ぶ
飼育下のフクロモモンガも、環境が整っていれば室内で滑空行動を見せます。ケージの中の高い位置から低い位置へ飛び移ったり、部屋に出して遊ばせている(いわゆる「部屋んぽ」の)最中にカーテンレールの上から飼い主の肩めがけて飛んできたりすることがあります。初めて飼い主のもとへ滑空してきた瞬間は、フクロモモンガとの信頼関係を実感できる印象的な体験です。
ただし、すべてのフクロモモンガが頻繁に滑空するわけではありません。個体の性格や飼育環境によって、滑空の頻度には差があります。臆病な性格の子は高い場所から飛ぶことをためらうこともありますし、ケージが小さすぎる場合は飛膜を広げるだけの距離が確保できず、滑空の機会そのものが失われてしまいます。逆に、好奇心旺盛で活発な個体は、ケージの天井付近から勢いよく飛び出し、部屋の中を滑空して楽しむ姿を見せてくれます。
飼育下で滑空行動が見られるかどうかは、フクロモモンガが安心して過ごせる環境を用意できているかを測る目安の一つにはなります。ただし、滑空が少ないからといって環境に問題があるとは限りません。年齢や体調、視力の変化、個体の性格なども影響するため、滑空の有無だけで飼育環境を判断するのではなく、食欲や毛並み、行動全体を総合的に観察することが大切です。ストレスが少なく、十分な運動スペースがあり、飼い主との関係が良好な状態であれば、フクロモモンガは本来の行動レパートリーである滑空を自然と披露してくれるようになります。
滑空を楽しめる飼育環境のつくり方

高さのあるケージを用意する
フクロモモンガのケージ選びでは、横幅よりも高さを優先して確保します。滑空は上から下への移動であるため、高さがなければ飛膜を広げて滑空することができません。可能な範囲で高さのあるケージを選び、目安として高さ90cm〜120cm程度の大型ケージを用意すると、ケージ内でも短い滑空ができるようになります。横幅・奥行きは45〜60cm程度あると、着地のスペースにも余裕が生まれます。ケージが高くなるほど落下時の衝撃も大きくなるため、途中にステージや止まり木を配置して、落下距離を短く区切る工夫も合わせて行います。
ケージの素材は金属メッシュタイプが一般的です。フクロモモンガは爪でメッシュに掴まりながら上下に移動するため、網目の間隔は1cm前後から最大でも約1.5cm程度を目安に選ぶと、足や頭が挟まるリスクを減らせます。幼体は体が小さいため、特に目の細かいメッシュを選ぶと安全です。アクリルケージは保温性に優れていますが、壁面を登れないため、内部に木の枝やロープなどの足場を多めに設置する工夫が必要です。
ケージ内に高低差のあるレイアウトをつくる
ケージ内には、天井付近と底面付近の両方に止まり木やステージを設置して、高低差のあるレイアウトをつくります。天然木の枝を数本組み合わせて配置すると、フクロモモンガが枝の先端から飛び出して下のステージへ滑空する、という動きが生まれます。枝の太さは直径1.5〜3cm程度が掴みやすく、広葉樹(リンゴの木やコルクなど)を選ぶのが基本です。
寝床となるポーチ(布製の袋)はケージの上部に吊るすのが基本です。フクロモモンガは高い場所を好む習性があるため、寝床を上部に設置すると安心して眠れます。ポーチから出てきたフクロモモンガが、そのまま枝に飛び移り、ケージ内を活発に動き回る──そんな自然な行動の流れが生まれるレイアウトを目指すと、フクロモモンガの運動量も自然と増えていきます。
安全に滑空できる部屋の環境をつくる
ケージの外に出して遊ばせる「部屋んぽ」は、フクロモモンガがより長い距離を滑空できる貴重な機会です。ケージ内では距離が限られるため、部屋の中で自由に飛ばせてあげることで、飛膜を大きく広げたダイナミックな滑空を観察できます。ただし、室内にはフクロモモンガにとって危険な要素が多いため、事前の準備が欠かせません。
まず、窓とドアは必ず閉めます。フクロモモンガは小さな隙間からでも脱走できるため、換気口や家具の裏側の隙間は、齧っても誤食の心配が少ない素材でふさいでおきます。通気が必要な箇所を完全に塞ぐと室内の空気がこもるため、フクロモモンガが入り込めない程度の対策にとどめるのがポイントです。扇風機やヒーターなどの家電は電源を切り、コード類はカバーで覆うか、フクロモモンガの届かない場所にまとめておきます。フクロモモンガはコードを齧る習性があり、感電事故につながる恐れがあるためです。
水を張った花瓶やコップ、深さのある容器も片付けます。フクロモモンガは泳ぎが得意ではなく、水に落ちるとパニックを起こして溺れる危険があります。トイレの蓋も閉めておくと安心です。カーテンはフクロモモンガが爪を引っかけて登り、高い位置から滑空する「発射台」になることが多いため、レースカーテンのような薄い素材だと爪が絡まって怪我をする場合があります。厚手のカーテンに替えるか、カーテンを束ねておくといった対策を取ると安全性が高まります。
部屋んぽの時間は、フクロモモンガが活発になる夜間の20〜30分程度から始め、慣れてきたら少しずつ延ばしていくのが無理のない進め方です。ただし、時間の長さよりもフクロモモンガの様子を観察することが優先です。呼吸が荒くなっている、動きが鈍くなっている、興奮しすぎているといったサインが見られたら、早めにケージに戻します。捕まえるときに追いかけ回すとストレスになるため、おやつで誘導してポーチに入ってもらう方法がスムーズです。
滑空に関連するトラブルと対処法

着地の失敗による怪我
滑空中の着地に失敗して、床や家具の角にぶつかる事故は飼育下で起こりうるトラブルの1つです。フクロモモンガの骨は細く、高い場所からの落下や硬い面への激突で骨折するリスクがあります。部屋んぽの際には、フローリングの上にジョイントマットやコルクマットを敷いておくと、万が一の着地失敗時に衝撃を吸収してくれます。家具の角にはクッション材を貼っておくとさらに安心です。
着地後にフクロモモンガが足を引きずっていたり、片方の手足をかばうように動いていたりする場合は、骨折や捻挫の可能性があるため、エキゾチックアニマルを診察できる動物病院を早めに受診しましょう。一般的な犬猫専門の動物病院ではフクロモモンガの診察に対応していないケースがあるため、飼い始める前の段階で近隣のエキゾチックアニマル対応病院を調べておくと、緊急時にも慌てずに済みます。
飛膜の怪我・裂傷
飛膜は薄い皮膚でできているため、鋭利な突起物やケージの金具に引っかかって裂けることがあります。ケージ内に金属製のフックやワイヤーがむき出しになっている箇所がないか、定期的に点検する習慣をつけると予防につながります。飛膜の裂傷は、小さく見えても感染や自咬(自分で傷口を噛むこと)で悪化する場合があるため、傷を見つけたら早めにエキゾチックアニマル対応の獣医師へ相談するのが安全です。
飛膜の裂傷を防ぐためには、ケージ内のアクセサリーを取り付ける際に、結束バンドの切り口を丸くヤスリで削る、鋭い角のあるおもちゃは使わないといった細かな配慮が効果的です。布製のハンモックやポーチも、糸がほつれていると爪や飛膜が絡まる原因になるため、定期的に新しいものと交換します。
肥満による滑空能力の低下
飼育下のフクロモモンガは運動量が野生に比べて少なくなりがちで、食事管理を怠ると肥満になりやすい傾向があります。体重が増えすぎると飛膜にかかる負荷が大きくなり、滑空距離が短くなったり、そもそも滑空を避けるようになったりします。成体のフクロモモンガの適正体重はオスで100〜160g、メスで80〜130g程度が目安です。キッチンスケールで週に1回程度体重を測定し、急激な増減がないかチェックすると体調管理に役立ちます。
肥満を防ぐには、甘いフルーツやおやつの与えすぎを控え、バランスのよい食事を意識することが基本です。適度な運動と適切な食事管理によって健康的な体重を維持できれば、フクロモモンガは年齢を重ねても軽やかに滑空する姿を見せてくれます。
フクロモモンガの滑空と似た動物たち
空を滑空する哺乳類はフクロモモンガだけではなく、日本にもムササビやニホンモモンガといった滑空動物が生息しています。ただし、フクロモモンガとこれらの動物は分類学的にはかなり離れた存在です。フクロモモンガは有袋類(カンガルーやコアラの仲間)で、ムササビやニホンモモンガはげっ歯類(リスの仲間)に分類されます。見た目や行動が似ているのは、異なる系統の動物が同じような環境に適応した結果、似た形態を獲得する「収斂進化(しゅうれんしんか)」と呼ばれる現象によるものです。
フクロモモンガの飛膜は手首から足首にかけて広がりますが、ムササビの飛膜は前足の手首から後足の足首だけでなく、尾の付け根まで広がっており、体のサイズも大きいため、条件が良いと100mを超え、記録的には160m級の滑空も報告されています。一方、ニホンモモンガはフクロモモンガと体のサイズが近く、滑空距離も数十m程度と似ています。こうした比較を知ると、フクロモモンガの滑空能力がどのような位置づけにあるのかがより具体的にイメージできます。
まとめ
フクロモモンガが飛ぶ姿は、飛膜という体の構造と軽い体重、そして尾によるバランス制御が組み合わさって実現する滑空行動です。野生では食料の確保や捕食者からの回避に欠かせない生存戦略であり、飼育下でも適切な環境があれば自然と見られる行動です。高さのあるケージを用意し、ケージ内に高低差のあるレイアウトを組み、安全を確保した上で部屋んぽの機会をつくることで、フクロモモンガは室内でも滑空を楽しめます。
着地の失敗による怪我や飛膜の裂傷、肥満による滑空能力の低下といったトラブルは、環境の整備と日常的な健康管理で予防できるものがほとんどです。フクロモモンガが四肢を広げ、飛膜をいっぱいに広げて空中を滑る姿は、この動物ならではの魅力が凝縮された瞬間です。