ふわふわの毛並みとつぶらな瞳で人気のチンチラですが、野生ではどのような場所で暮らしているのかご存知でしょうか。実は野生のチンチラは南米アンデス山脈の限られた地域にしか生息しておらず、絶滅危惧種として保護されている希少な動物です。ペットショップで見かけるチンチラはすべて繁殖された個体であり、野生のチンチラを直接目にする機会はほとんどありません。
この記事では、野生チンチラの生息地や生態、なぜ絶滅の危機に瀕することになったのか、そしてペットとして飼育されているチンチラとの違いについて、詳しくお伝えしていきます。
チンチラの野生での生息地

アンデス山脈の過酷な環境で暮らす
野生のチンチラが暮らしているのは、南米大陸を縦断するアンデス山脈の西側斜面です。かつてはペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリにまたがる広い範囲に分布していましたが、現在ではチリ中北部の限られた地域でしか確認されていません。
チンチラが生息する環境は、私たちが想像する以上に過酷なものです。寒冷で乾燥した高地の岩場が主な生息地であり、昼と夜の寒暖差が大きく、降水量も少ない厳しい気候条件のもとで暮らしています。
こうした環境に適応するために、チンチラは独特の進化を遂げてきました。その象徴が、あの美しくて密度の高い被毛です。1つの毛穴から50本から75本ほどの細い毛がまとまって生えており、この分厚い毛皮のおかげで寒さの厳しい土地でも体温を保つことができるのです。皮脂腺の働きによって毛には美しい光沢が生まれ、汚れもつきにくくなっています。
生息場所は植物がほとんど生えない岩だらけの荒れ地で、チンチラたちは岩と岩の隙間をトンネルのように利用しながら生活しています。昼間は巣穴や岩陰で休んでいることが多く、活動するのは主に夕方から夜にかけてです。
チリの限られた地域にわずか数千頭
現在、野生のチンチラが確認されているのはチリの限られた地域(保護区周辺を含む)で、その数はわずか数千頭といわれています。かつてアンデス山脈の広い範囲に分布していたことを考えると、いかに個体数が減少してしまったかがわかります。
チンチラは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでEN(Endangered:絶滅危惧)に分類されています。これは野生での絶滅の危険性が高いレベルであり、世界的に見ても保護の優先度が高い動物のひとつです。
さらに、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)では最も厳しい規制である附属書Iに掲載されており、学術研究目的以外での国際取引は全面的に禁止されています。野生のチンチラを捕獲して販売用に輸出入することは、国際法によって厳しく取り締まられているのです。
こうした保護活動のおかげで、野生のチンチラは少しずつその数を増やしつつあるといわれています。とはいえ、かつての生息数に比べればまだまだ回復途上であり、継続的な保護が必要な状況に変わりはありません。
野生チンチラの暮らしと生態

群れで暮らす社会性のある動物
野生のチンチラは数十頭から100頭ほどの群れを作って集団生活を送っています。オスとメス、そしてその子どもたちが一緒に暮らしており、社会性のある動物であることがわかります。ただし、群れで生活しているとはいっても、各個体の間には一定の距離が保たれており、べったりと密着して過ごすわけではありません。
チンチラの身体的な特徴として、後ろ足が前足よりも長く発達している点が挙げられます。これは岩場を軽快に飛び跳ねて移動するためで、成長したチンチラは1メートル近くの高さまでジャンプできるといわれています。長いしっぽはバランスを取るのに役立ち、険しい岩場でも安定した動きができるようになっています。
前足は5本指、後ろ足は3本指と痕跡的な指を持っており、前足を器用に使って物をつかむことができます。野生のチンチラは、この器用な前足を使って岩場に生えた草の茎をたぐり寄せて食べているのです。
顔には長いヒゲが生えており、このヒゲで周囲の隙間の大きさや幅をチェックしながら移動しています。暗い岩場の中を安全に進むための、優れたセンサーの役割を果たしているわけです。
夜行性と独自の食生活
野生のチンチラは基本的に夜行性で、昼間は巣穴の中で休み、夕方から夜にかけて活動を始めます。寒冷な高地の環境に適応した結果、このような生活リズムになったと考えられています。
食性は基本的に植物食で、草や低木の根、樹皮、サボテン、コケなどを食べて暮らしています。チンチラが生息する場所は痩せた土地であり、栄養価の高い植物はほとんど手に入りません。そのため、野生のチンチラは低カロリーで繊維質の多い粗食に耐えられるよう、体の仕組みが適応しているのです。
水分の摂取も独特で、乾燥した環境では川や池といった水場がほとんど存在しません。野生のチンチラは雪解け水や岩場に結露した水滴、朝露などから水分を得ているといわれています。このように、限られた資源を最大限に活用しながら厳しい環境を生き抜いてきました。
野生のチンチラにとっての天敵は、キツネやフクロウ類などの肉食動物です。げっ歯類である以上、捕食される側の立場にあるため、警戒心が強く臆病な性格をしています。外敵に襲われると被毛が部分的に抜ける「ファー・スリップ」という現象を起こすことがあり、これは捕食者から逃れるための防御手段のひとつです。
チンチラが絶滅危惧種になった理由

美しい毛皮を狙った乱獲の歴史
チンチラが絶滅の危機に瀕した最大の原因は、その美しい毛皮を目的とした人間による乱獲でした。
チンチラの毛皮は古くからアンデス山脈に住む先住民族に利用されてきました。「チンチラ」という名前自体が、この地域に住んでいたチンチャ族に由来しています。チンチャ族の人々は、チンチラの肉を食料に、毛皮を衣服や敷物として使っていました。インカ帝国の時代には、その柔らかく温かい毛皮は王族への献上品として珍重されていたといいます。
転機となったのは16世紀、スペイン人がインカ帝国を征服した時代です。スペイン人たちは先住民が身につけている美しい毛皮に目をつけ、これをヨーロッパへ持ち帰りました。すると、たちまちチンチラの毛皮はヨーロッパの王族や貴族の間で大人気となり、19世紀末から20世紀初頭にかけて本格的な商業狩猟が行われるようになったのです。
チンチラの毛皮は「世界三大毛皮」のひとつに数えられるほど高級品として扱われました。問題だったのは、1枚のコートを作るために100頭以上ものチンチラが必要だったことです。この需要を満たすために大規模な狩猟が行われた結果、1900年代初頭には野生のチンチラは絶滅寸前まで追い詰められてしまいました。
1910年にはチリ、ボリビア、ペルーの間でチンチラの狩猟と商業捕獲を禁止する国際的な条約が締結されましたが、これによって毛皮の価格がさらに高騰し、密猟が横行する結果となりました。1929年には新たな狩猟禁止令が出されましたが、それでも乱獲は止まらず、野生のチンチラの目撃例は急速に減少していきました。
生息地の破壊と天敵の存在
毛皮目的の乱獲に加えて、生息地の破壊もチンチラの減少に大きく影響しています。
アンデス山脈では薪用の森林伐採、鉱山開発、家畜の放牧などが進み、チンチラが暮らせる環境がどんどん失われていきました。近年では金や銀などの鉱物資源を求めた採掘活動がチンチラの生息地を脅かしており、2020年にはチンチラのコロニーが3.5万オンスもの金の埋蔵地の上にあることが判明し、保全活動家たちを悩ませる事態も起きています。
また、野生のチンチラにはキツネやフクロウ類といった天敵が存在します。個体数が十分にあった時代には自然のバランスが保たれていましたが、乱獲によって数が激減した状態では、天敵による捕食も個体数回復の妨げとなっています。
こうした複合的な要因により、かつてアンデス山脈の広い範囲に分布していたチンチラは、現在ではチリの限られた地域にわずか数千頭が生き残るのみという状況になってしまったのです。
ペットのチンチラと野生チンチラの違い

現在のペットチンチラの起源
日本のペットショップで見かけるチンチラは、すべて飼育下で繁殖された個体です。野生のチンチラはワシントン条約で厳しく保護されているため、捕獲して販売用に輸出入することはできません。ただし、飼育下で繁殖された個体については条約上の扱いが異なり、条件を満たせば流通が認められています。
では、ペットとして流通しているチンチラはどこから来たのでしょうか。その起源は1920年代にさかのぼります。
1918年、チリで鉱山技師として働いていたアメリカ人のマティアス・F・チャップマンは、先住民が「きれいで小さな毛の生えた動物」と呼ぶチンチラに興味を持ちました。彼は3年の歳月をかけて11頭(13頭という説もあります)のチンチラを集め、1923年にアメリカへ連れ帰ることに成功します。
チャップマンは1934年に亡くなりましたが、その後も飼育と繁殖の取り組みは続けられ、やがて飼育下での繁殖技術が確立されました。現在、世界中で飼育されているペットのチンチラは、このときの個体の子孫にあたります。つまり、すべてのペットチンチラは、約100年前にアメリカに渡った十数頭のチンチラを祖先としているのです。
日本には1961年に静岡県三島市の動物愛好家によって初めて導入されました。一般のペットショップで見かけるようになったのは1990年代に入ってからで、ペットとしての歴史はまだ30年ほどと比較的浅い動物です。
野生の環境を知ることで飼育に活かす
野生チンチラの生態を知ることは、ペットとしてチンチラを飼育する際のヒントになります。
まず、温度と湿度の管理が飼育において最も気を配るべきポイントです。野生のチンチラは寒冷で乾燥した環境に適応しているため、高温多湿に弱い体質を持っています。飼育下での理想的な温度は10℃から20℃程度で、25℃を超えると不快感を示し、30℃を超えると熱中症になる危険があります。日本の夏はチンチラにとって過酷な季節であり、エアコンによる温度管理は欠かせません。
野生のチンチラが低カロリーで繊維質の多い食事をしていることも、飼育の参考になります。ペットのチンチラにも牧草を主食として与え、ペレットで栄養を補う形が適しています。おやつの与えすぎで牧草を食べなくなると、健康を損ねる原因になりかねません。
砂浴びの習慣も野生由来のものです。野生のチンチラは乾燥した環境で砂浴びをすることで毛皮を清潔に保っています。ペットのチンチラにも定期的に砂浴びをさせることで、美しい被毛と健康な皮膚を維持することができます。
また、野生のチンチラが岩場を飛び跳ねて移動することから、ケージは高さのあるものを選び、ステップなどを設置して立体的に動けるようにすることが望ましいとされています。体長20センチほどのチンチラでも、ジャンプ力は相当なものがあり、狭いケージでは運動量が不足してしまいます。
野生では群れで暮らすチンチラですが、飼育下では逃げ場がないため喧嘩をすると命に関わることもあります。そのため、基本的には単独飼育が推奨されています。
まとめ
野生のチンチラは、南米アンデス山脈の過酷な環境で暮らす希少な動物です。かつては広い範囲に分布していましたが、美しい毛皮を目的とした乱獲により絶滅寸前まで追い詰められ、現在ではチリの限られた地域にわずか数千頭が生息するのみとなっています。
ワシントン条約で最も厳しい規制を受けている野生のチンチラは、国際的な保護活動のおかげで少しずつ数を増やしつつあります。私たちがペットとして迎えるチンチラは、約100年前にアメリカに渡った個体の子孫であり、野生のチンチラとは別の歴史を歩んできた存在です。
野生での生態を知ることは、チンチラという動物をより深く理解することにつながります。寒冷で乾燥した環境に適応した体の仕組み、夜行性の生活リズム、低カロリーな食事への適応など、野生の知恵は飼育にも活かすことができます。ペットのチンチラと暮らすうえで、彼らのルーツであるアンデスの過酷な自然に思いを馳せてみるのも、また一興ではないでしょうか。