累計3000万部を突破した『ゴールデンカムイ』は、金塊争奪戦のスリリングな展開と並んで、「食」の描写でも強い印象を残してきた作品です。その象徴が、物語序盤に登場する"最初のアイヌごはん"――リスのチタタプ。実際の味はどうなのか、そしてアイヌがリスを「不吉」と恐れていたという意外な伝承の真相まで、作中の描写を手がかりにエゾリスの素顔をひもといていきます。

コラム
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『ゴールデンカムイ』リスのチタタプの味は?アイヌが「不吉」と恐れたエゾリスの意外な素顔

杉元が初めて食べた「アイヌの味」
第1巻3話。小樽近郊の山林を歩く杉元とアシㇼパは、エゾマツの根元にかじられた松ぼっくりを見つけます。尻尾だけ残ったその形はまるでエビフライ。これはリスが松の実を食べた痕で、「森のエビフライ」として実際に知られているものです。アシㇼパはすかさず「このエゾマツはリスの餌場だ」と判断し、くくり罠を仕掛けます。
かわいいリスを見て「俺、リス好きなんだけどなぁ」とつぶやく杉元に対し、アシㇼパは「私も好きだ。リスは木の実しか食べないから肉がうまい。毛皮も売れるから現金が手に入る」。
捕れたリスは皮を剥ぎ、内臓を洗い、骨ごと叩いてチタタプに。脳みそは生のまま杉元に差し出され、あの伝説的な顔芸が生まれます。しぶしぶ口に入れた杉元、アシㇼパの「うまいか?」に対して虚ろな目で「うん…」。そしてチタタプを肉団子にしてオハウ(汁物)に仕上げると、今度は本気で「うまい…ッ!!」。ほんのり甘くて、木の実の香りがする――これがアシㇼパとの冒険の「最初の一口」でした。
エゾリスは本当に「うまい」のか?
では、アシㇼパの言う通り、リスの肉は本当に美味しいのでしょうか。
実際にジビエとしてリスの肉が提供された例もあります。果樹園で桃やシャインマスカットを食い荒らして害獣駆除されたリスがチタタプとして調理され、食べた人の感想は「ほんのり甘みがあり、コリコリした食感」「木の実や柑橘系のような香り」。杉元の感想とほぼ一致しています。
この“うまさ”には理由があります。エゾリスの主食は樹木の種子で、クルミ、ミズナラのドングリ、エゾマツやチョウセンゴヨウの松の実など。肉の風味は食べ物の影響を受けやすく、草木や木の実中心の動物は、獣臭さが強く出にくい傾向があります。アシㇼパの「木の実しか食べないから肉がうまい」という説明は、納得しやすいものです。
加えて、リスは体が小さく、脂が重たく乗りすぎないため、香りが立ちやすい一方で後味がくどくなりにくいのもポイントでしょう。チタタプのように細かく叩いて団子にし、オハウで煮る調理は、血や筋のクセをならしつつ旨味を引き出しやすい。つまり、素材の性質と調理法が噛み合った結果として、「甘い」「香りがいい」「意外とうまい」という印象につながりやすいのです。
アイヌが食べているのはどんな種類のリス?
北海道に生息するリスはエゾリスとエゾシマリスの2種。エゾリスは一年中活動する大型のリスで、ふさふさとした長い尾が特徴。一方のエゾシマリスは背中に縞模様があり、冬眠する小型種です。
アイヌ語ではエゾリスを「ニヨゥ(木渡り)」、エゾシマリスを「ルオゥ・チロンヌㇷ゚(縞ある獲物)」などと呼びましたが、呼び名は地域によってかなり異なっていたようです。
一部の地域では、前足を合わせる仕草が「みじめで貧乏たらしい」と見なされ、狩りの場で遭遇すると縁起が悪いとして身を清めた、という伝承も残っています。昔話でもリスは、人を惑わす存在として描かれることがあります。
こうした忌避感がどこまで広く共有されていたかは断定できませんが、一定の地域に根づいていたのは確かなようです。ところが作中のアシㇼパは、リスをためらわず捕まえて食べ、毛皮を売って現金にしようとします。毛皮取引が広がった明治以降、実利が重視されるにつれて見方が変わっていったという背景を踏まえると、彼女の態度は「新しいアイヌの女性」としての姿勢を序盤から示している、と読めます。
積雪60cmの下から木の実を掘り当てる
エゾリスのもうひとつの特徴は、冬眠しないこと。エゾシマリスは冬眠しますが、エゾリスは北海道の厳冬をずっと起きたまま過ごします。
その代わりに頼るのが「貯食」です。秋になるとクルミやドングリ、松の実をあちこちの地面に分散して埋めていきます。朝から夕方まで一日中ひたすら埋め続ける個体もいるほどです。そして冬、必要になったときに掘り返して食べる。積雪50〜60cmの根雪の下からでも、埋めた場所を見つけ出して掘り当てる能力を持っています。
このとき頼りにしているのは嗅覚だけではありません。周囲の木の位置や地形、目印になるものを手がかりに場所を絞り込んでいると考えられています。頭の中に地図のようなものを持っている、というわけです。
さらに面白いのは、クルミの割り方に個体差があること。うまく割れない個体が、上手な個体を観察して真似るという学習行動も報告されています。エゾリスの「賢さ」は、芸を覚えるタイプではなく、環境を読み、手順を覚え、他者から学ぶタイプなのです。
「森のエビフライ」を落とす小さな住人
作中でアシㇼパがリスの餌場を見抜いたきっかけは、松ぼっくりの食痕でした。リスは松ぼっくりの鱗片をかじって中の種子だけを食べ、芯を残します。すると残った芯がエビフライそっくりの形になる。これが「森のエビフライ」と呼ばれるもので、北海道の森を歩くと実際にあちこちに落ちています。
エゾリスは現在、北海道の平野部から山地まで広く分布しており、札幌の都心部の公園にも普通に暮らしています。研究によると、都市部のエゾリスは人間への警戒心が森のエゾリスの約3分の1まで低下しており、人に駆け寄ってエサをねだる個体もいるほどだとか。
一方で野生下の寿命は2〜3年と短く、タカやフクロウ、キツネ、カラスなど天敵も多い。愛くるしい見た目とは裏腹に、なかなかタフな生存競争の中にいます。
まとめ
アイヌの一部の伝承で不吉と恐れられ、明治になって毛皮目当てで狩られるようになり、そして令和の今は「かわいい森の妖精」として愛されるエゾリス。ゴールデンカムイが描いたリスのチタタプは、アイヌの食文化と自然観、そしてアシㇼパというキャラクターの思想まで、わずか数ページの中に詰め込まれた名シーンだったのかもしれません。













